京増修史さんピアノリサイタル収録 ―La Salle F―
- STUDIO 407 酒井崇裕

- 3月5日
- 読了時間: 3分
広尾の賑やかな商店街を抜け、静かな路地へと足を踏み入れる。エレベーターの扉が開いた瞬間、そこには都心の喧騒を忘れさせる別世界が広がっていました。2026年1月25日。冬の澄んだ空気の中、東京・広尾の隠れ家サロン「La Salle F(ラ・サール エフ)」で開催された、ピアニスト・京増修史さんのリサイタル。そのあまりに濃密で、至高の「リッチさ」に満ちたひとときを、皆様にお届けします 。

扉の向こうに広がる、中世ヨーロッパの静謐
「La Salle F」に一歩足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのは重厚な煉瓦の壁です。そこはまるで中世ヨーロッパの私邸、あるいは古き教会の回廊のような、凛とした空気が流れる空間でした 。このサロンのオーナーは、資生堂創業家の5代目であり、かつてフレグランス開発にも携わった福原和人氏。福原氏が掲げる「Richness in Everything(ものごとはすべてリッチでなくてはならない)」という哲学が、空間の隅々にまで息づいています 。かつて銀座の「資生堂ギャラリー」で芸術家たちが感性を磨き合ったように、目に見えない「香り」と「音」が五感を揺さぶる至福の時間。その贅沢なサロン文化が、今、ここ広尾で鮮やかに再現されていました 。
90席の空間に響き渡る、スタインウェイの鼓動
サロンの中央に鎮座するのは、スタインウェイ&サンズの最高峰「D-274」。
奥行き274cm、重量約500kgという、通常は大ホールで使われるこの巨躯を、わずか90席という至近距離で味わう。それはまさに「音響的逆説」とも言える贅沢な体験です 。「本物」の楽器が持つ豊かな倍音、そして真珠のように磨き上げられた高音域が、手の届くような距離で空気を震わせます。それは単なる演奏の鑑賞を超え、楽器という「生き物」の息遣いを肌で感じる、一生ものの原体験となりました 。
京増修史が辿り着いた「献身」
この名器に向き合うのは、2025年のショパン国際ピアノコンクール出場という快挙を成し遂げた、京増修史さんです 。彼のこれまでの歩みは、ひとつのドラマチックな「自己変革」の物語でもありました。2021年の初出場時には、極限の緊張から「自分はコンクールに向いていない」とまで思い詰めたそうです。しかし、その経験こそが彼の音楽を深化させたのです 。「自分を証明するため」ではなく「聴きに来てくれた人の心が豊かになるように」。
技術を超え、他者への献身へと昇華された彼の音色は、コンクールという勝負の場を越えた、温かな包容力に満ちていました 。

一台のピアノが描き出す、ロマンス
この日のハイライトは、ショパン珠玉のピアノ曲たち。
京増さんの指先から溢れ出したのは、技巧を超えた「純粋な美」でした 。スタインウェイの多層的な共鳴を自在に操り、描き出されるのは「春の月明かり」のような静謐な世界。一人で弾いているとは思えないほどのオーケストラ的な広がりを持ちつつも、その本質はどこまでも清らかで上品。会場全体が息を呑み、一瞬の静寂さえもが音楽の一部となる、瞑想的な時間が流れていきました 。

あなたの心に、今日「リッチな響き」はありましたか?
リサイタルを終えて外に出ると、いつもの広尾の街並みが、少しだけ違って見えました。本当の「リッチさ」とは、高価なものを所有することではなく、心から美しいと感じるものに身を委ね、その感動を誰かと分かち合う瞬間にこそ宿るもの。「今日、あなたの心に『リッチな響き』はありましたか?」 ふとした瞬間に鳴り響く「美」に気づく心の余裕こそが、明日からの私たちをより豊かに彩ってくれるのかもしれません。
収録した演奏から1曲ご紹介します。
ショパン(Chopin)/6つのポーランドの歌(6 Chants polonais)S480/R145 No. 5《私のいとしい人》"My Joys" 京増修史(Shushi Kyomasu)




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