ベートーヴェン巡礼2027 管谷怜子ピアノリサイタル
- STUDIO 407 酒井崇裕

- 6月2日
- 読了時間: 3分
5月29日に渋谷・ハクジュホールで管谷怜子さんのピアノリサイタルを収録してきました。
この演奏会は、これからのシリーズとして企画されている、「ベートーヴェンピアノソナタ(全32曲)連続演奏会」の第1回目にあたります。この日は、ピアノソナタ1番~3番、そして今春リリースしたCDの収録曲である三大ソナタ(悲愴、月光、熱情)という聴きごたえ満点のプログラムが組まれました。約2.5時間にも及ぶ時間は、まるで2日分のコンサートを凝縮したかのような濃密さ。管谷さんの並々ならぬ意気込みが伝わってきました。

このステージに準備されたピアノはヴィンテージのニューヨーク・スタインウェイCD368(1912年製)。タカギクラヴィア株式会社所有のピアノで、製造段階からアーティストに貸出すことを目的とした特別なピアノです。カーネギーホールをはじめ数多くのステージやレコーディング専用として活躍してきた歴史を持ちます。
クラシックピアニストにとって、ピアノは自身の心、そして音楽表現を具現化する唯一無二の存在です。しかし、その巨大さゆえ、演奏会において自ら楽器を選択することは極めて困難であり、多くのピアニストが、ある種のリスクと精神的な負担を強いられているのが現状です 。
今回のように持ち込みピアノで演奏会を行うのは、そうしたリスクを回避すること、そして、何よりもピアニストご自身の音楽表現を充分に発揮できるピアノで演奏して頂くことに意味があります。

管谷さんの場合、本格的な音楽活動に入る前に複数のピアノを試弾し、このCD368に辿り着いた経緯があります。2023年の1stアルバムのレコーディングから今日に至るまで、このピアノと一緒に歩みを進めてきました。その関係は「よき友人」と言ってもいいほどで、どうピアノと接すれば望む響きが得られるか、また、楽器との対話の中で、新たな発見を見出したり、より深い音楽表現を探求してきました。その意味では、さらに高いレベルの演奏を目指すことができるわけで、この日の演奏会でも弾き慣れたこのピアノでお客様に管谷さんのベートーヴェンをご披露したいという強い希望がありました。
ハクジュホールへの搬入は、専用エレベーターがないという建築上の制約から、専門業者の尽力によって実現しました 。まるでスリル溢れるスパイ映画のような搬入作業は、最高の音を追求するプロフェッショナルの情熱を象徴するかのようでした 。
管谷怜子「ベートーヴェン・チクルス」第一回は、熱狂的なスタンディングオベーションの中で幕を閉じました。毎回感じることですが、管谷さんの演奏は固定された型のようなものが感じられません。その一瞬一瞬を生き切るかのような「一期一会」の感動を聴衆に与えます。CDで聴く演奏とはまた異なる表情を見せるライブパフォーマンスは、多くの聴衆に深い感動をもたらしたことでしょう。
2027年に向けて「ベートーヴェンチクルス」の道程は続いていきますが、きっと素晴らしい旅路になることだと思います。
当日の演奏から、ピアノソナタ 第3番 作品2-3の1楽章と2楽章をご紹介します。




ベートーヴェン初期のピアノソナタが、これほど内実のある音楽とは認識していませんでした。芳醇な音を紡ぎだす菅谷さんの力量、素晴らしいです。