「失敗しました。だから何ですか?」の精神:石澤真奈美さんスコット・ジョプリン・ピアノ曲レコーディング ―1931年製NYスタインウェイが語る「嘘のない音楽」―
- STUDIO 407 酒井崇裕

- 3月5日
- 読了時間: 4分
2026年3月2日。春の気配が微かに漂うなか、東京・杉並の「スタジオ・ピオティータ」を再び訪れました。ピアニスト・石澤真奈美さんによるスコット・ジョプリン・ピアノ全曲録音プロジェクトは、今まさにその中盤戦という重要な局面を迎えています。
全約60曲という膨大な作品群に挑むこの旅が始まったのは2025年のこと。初回のセッションで14曲を収録し、現在はより複雑なリズム構造を持つ中期・後期の作品群へと歩を進めています。数年をかけて一音一音を刻んでいくこの営みは、単なる録音を超えた、一種の歴史の軌跡を辿る営みのようにも映ります。

デジタル技術が極限まで進化した現代、レコーディングにおける「完璧」は容易に手に入ります。音程の揺らぎも、打鍵のミスも、数クリックで跡形もなく消し去ることができるからです。しかし、私たちがこのプロジェクトで問い続けているのは、その「無菌状態の音」に果たして魂は宿るのか、という点です。
ラグタイム王が描いたアメリカの光と影

スコット・ジョプリン(1867/68–1917)は、一般に「ラグタイム王」として陽気なイメージで語られがちですが、その譜面には元黒人奴隷の息子として生まれた彼自身の複雑な情念が刻まれています。
ジョージ・R・スミス大学で西洋古典音楽の語法を学んだ彼は、ヨーロッパの厳格な形式美と、アフリカ系アメリカ人の血に流れる躍動的なシンコペーションを融合させました。この「ラグ(Rag)」という形式は、当時のアメリカが持っていた急進的なダイナミズムの象徴でした。
しかし、その軽快な「ブン・チャ、ブン・チャ」という左手のストライド(歩み)の裏側で、右手が奏でる旋律はしばしば、唐突な半音階的進行(クロマティシズム)や、下属調短調(サブドミナント・マイナー)への切実な転調を見せます。この予期せぬ和声の変化こそが、単なる大衆娯楽には収まらない「哀愁や翳(かげ)」の正体です。石澤さんの演奏は、こうしたジョプリンの繊細な心の揺れを、決して情緒に流されることなく、古典的な素直さをもって描き出しています。
1931年製NYスタインウェイが語る「黄金期の響き」

このプロジェクトにおいて、楽器の選択は決定的な意味を持ちます。使用されたのは、スタジオ・ピオティータが誇る「1931年製ニューヨーク・スタインウェイB型」です。
スタインウェイが1853年に創業して以来、19世紀末から20世紀初頭にかけては、ピアノが音楽文化の主役として君臨した「黄金期」でした。なぜ1931年製なのか。そこには石澤さんの強いこだわりがあります。
この時代のニューヨーク・スタインウェイは、現代の楽器にはない独特の「キャラクター」を備えています。技術的な観点から言えば、高音域には「ベル・ライク(鈴の鳴るような)」と称される華やかで持続のあるサスティンがあり、一方で低音域には、現代の均質化された音とは一線を画す、ウッディで野性味のある「唸り(グロウリング)」が潜んでいます。
この「豊潤さと力強さ」の共存こそが、ラグタイムが生まれた時代のアメリカの空気そのものです。石澤さんは、このヴィンテージ楽器が持つ豊かな倍音の重なりを活かすことで、ジョプリンが理想とした「クラシックとしてのラグタイム」の威厳と、古き良きアメリカの生命力を同時に再現しているのです。
編集なし、加工なし。「失敗しました。だから何ですか?」の精神
このプロジェクトの最も厳しく、かつ最も美しいルールは、後からの編集や加工を一切排除した「一発録り」であることです。テイクのつなぎ合わせ(編集)を行わず、その場で生じた音楽の脈動をそのまま記録する。この「嘘のない音楽」への渇望は、ある一つの言葉に支えられています。
「失敗しました。だから何ですか?」
これは、フィギュアスケート解説者・高橋成美さんの言葉です。石澤さんはこの言葉を、録音中の精神的な柱としてリピートしながら鍵盤に向かっています。
氷上のスケーターが、一度の転倒ですべてを止めることができないのと同様に、音楽もまた、時間の流れの中でしか存在し得ません。ミスを消すために音楽の勢い(ドライヴ感)を殺してしまうことは、表現の本質を損なうことと同義です。
一瞬の指の縺れさえも、その瞬間にしか生まれ得なかった音楽の血肉として受け入れる。この覚悟が、録音物特有の「冷たさ」を排し、まるで目の前で演奏されているかのような、生々しく温かい「真実の記録」を生み出しているのです。

未来へ続く「真実の記録」:スコット・ジョプリン全曲録音
スコット・ジョプリン全曲録音という長い道のりは、単なる過去の再現ではありません。それは、デジタル化によって何でも修正可能になった現代において、あえて「不完全さ」の中に人間的な真実を求めようとする、静かなる抵抗でもあります。
数年後、全60曲が揃ったとき、そこには一人のピアニストが歴史的名器と共に駆け抜けた「嘘のない時間」が、地層のように積み重なっていることでしょう。
不完全だからこそ、美しい。 修正できないからこそ、愛おしい。
私たちはこのプロジェクトを通じて、技術が忘れてしまった「音楽が持つ本当の豊かさ」を、再び思い出すことになるはずです。全曲完遂の日を、心から待ち遠しく感じています。
収録した中から、一部をご紹介します。
Easy Winners / Scott Joplin Pf. Manami Ishizawa




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