濱口竜介監督 ベルリン映画祭で銀熊賞
- STUDIO 407 酒井崇裕
- 2021年6月26日
- 読了時間: 5分
更新日:6月26日
嬉しいニュースが飛び込んできました。世界三大映画祭の一つ、ベルリン国際映画祭で、濱口竜介監督「偶然と想像」が銀熊賞=審査員グランプリを受賞。6月13日に行われたベルリン国際映画祭の授賞式で濱口竜介監督が喜びを語る様子が伝えられました。
濱口監督の「偶然と想像」は3話からなる短編集で、日本では12月に公開されることが決定しているそうです。
映画の中で流れるピアノはSTUDIO 407がレコーディングさせて頂きました。収録は音楽サロンAria様でピアノは1975年ハンブルグ製・スタインウェイです。収録は和やか、かつ淡々とした感じで行われましたが、語りかけるような演奏で、濱口監督は、終始、響きのニュアンスを丁寧に確かめているご様子でした。映像作品に合わせる収録と伺っていたので、とても印象に残っています。
素晴らしい賞を受賞された報に接し、私もとても嬉しく、また、光栄に思います。12月の公開がとても楽しみです。おめでとうございます!
「偶然と想像」トレーラー
【追記 2021年12月18日 映画公開後に横浜の映画館で鑑賞してきました】

『偶然と想像』のピアノの謎。あの音楽が、なぜか心に残る理由。
映画を観終わった後、なぜか耳に残って離れない音楽ってありませんか?
濱口竜介監督の『偶然と想像』は、まさにそんな一本でした。物語の合間に、ふっと流れては消えていく、あのピアノの調べ。派手なオーケストラでも、流行りの曲でもない。なのに、どうしてこんなにも心を掴まれるんだろう?
気になって少し調べてみたら、そこには監督の巧みな仕掛けと、思わず「なるほど!」と膝を打ちたくなるような秘密が隠されていました。今日は、あの魅力的なピアノの音の正体について、少しだけ語らせてください。
どんな気持ちにも寄り添う、魔法みたいなシューマン
映画で使われているのは、シューマンのピアノ曲。監督自身がインタビューで「シンプルで優しく、どこか不安」で、「すごくニュートラル」と語っていました。
「ニュートラル」って、ちょっと意外ですよね。ロマン派の甘く美しいメロディなのに?
でも、映画を観たときの感覚を思い出すと、すごくしっくりくるんです。登場人物が気まずい状況にあるときも、心が少し通い合った瞬間も、あのピアノは絶妙な距離感でそこにいるだけ。「ほら、ここで感動して!」とか「ここは悲しいシーンですよ!」みたいに感情を押し付けてこない。だからこそ、私たちは物語から一歩引いた場所で、時にクスッと笑いながら、彼女たちのドラマをじっくりと味わうことができるんです。
悲しい、嬉しい、切ない、可笑しい…。いろんな感情が混ざり合った、まるで私たちの日常みたいな音楽。だから、どんなシーンにも不思議と寄り添ってくれるんですね。
完璧じゃない、だから、心に響く。
あのピアノを弾いているは『ハッピーアワー』で主役を演じた女優の菊池葉月さん。プロのコンサートピアニストではないのです。「偶然と想像」での演奏は、少しつたないというか、すごく正直な音がする。でも、それこそが監督の狙いだったんだと思いました。
コンサートホールで聴くような、完璧で磨き上げられた音じゃない。まるで、誰かの家で、自分のためにポロポロと弾いているような、生活の温かみがある音。その「完璧じゃない」音だからこそ、不器用ながらも必死に日々を生きる登場人物たちの心に、すっと重なっていく。
これはもう、単なるBGMじゃない。登場人物たちの心の声そのもの、みたいな存在なんだと感じました。
すぐそこで鳴っているような、生々しい音の質感
濱口監督と一緒にレコーディングした時の記憶をたどってみると、そこには監督の意図がはっきりあったことに気づきました。映画のピアノの音って、壮大なホールで響いているような、リッチな残響がかかっていることが多いですよね。でも、この映画の音は明確に違う。すごく生々しい音。アトモスフィアというかその場の気配や佇まいを感じる。鍵盤を叩く指のタッチや、ピアノという楽器そのものが鳴っている機械的な音まで聴こえてくる。ピアノのサウンドと映像が織りなす物語りが溶け合って、独特の世界が展開していく。
だから、たとえBGMとして流れている音楽でも、まるで登場人物たちがいるその部屋で、誰かが実際にピアノを弾いているかのような、不思議な現実感が生まれます。この「すぐそこで鳴っている感じ」が、菊池さんの「完璧じゃない」演奏と相まって、音楽に特別な親密さを与えているんですね。
ドキッとする「沈黙」。音楽が消えた後に、物語が動き出す。
この映画の音楽の使い方は、始まり方と終わり方もすごく特徴的です。
クラシック音楽がタクシーの中や研究室に、ふっと現れる。それはまるで、街中で偶然、知り合いに出くわした時のような、ささやかな驚きを私たちに与えてくれます。
そしてもっと印象的なのが、その終わり方。フェードアウトしていくんじゃなくて、「ぷつり」と、まるで誰かが再生を止めたみたいに、突然音楽が途切れるんです。
その瞬間、ハッとさせられる。
音楽が消えた後に訪れる「シーン…」とした静寂。その沈黙の中で、私たちは登場人物たちの表情や、かすかな息づかいに、より一層引き込まれていきます。音楽が連れてきてくれた感情の波が引いた後、そこに残された気まずさや緊張感が、リアルに伝わってくる。
この、音楽と沈黙の鮮やかなコントラストこそが、『偶然と想像』という映画のリズムを作っているんですね。突然始まる音楽が「偶然」だとしたら、その後の沈黙は、私たちが物語の続きを「想像」するための、豊かな余白なのかもしれません。
もしこれから『偶然と移動』を観る機会があったら、ぜひこの「ピアノの音」にも耳を澄ませてみてください。その質感や、使われ方を感じながら観ることで、きっと、物語がもっと深く、もっと愛おしく感じられるはずです。
エンドロールに「STUDIO 407」を見つけたときはとっても感慨深かったです。このお仕事に携わることができてとても光栄です!
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