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  • 執筆者の写真Takahiro Sakai

ピアノのステレオ録音について

更新日:2020年3月6日


1.B-tech Japanさんのご紹介

先日、B-tech Japan Tokyoさんのスタジオでピアノを録音してきました。ビーテック・ジャパンさんはBösendorferをこよなく愛するピアノ技術者が立ち上げた会社で、オーストリア・ウィーンのBösendorfer 社における長年の勤務経験、技術研修によって長年蓄積した経験と高度な技術を提供している会社です。コンサートやレコーディングでの調律をはじめとして、ご家庭での調律、ピアノ・メンテナンス、リペア、ピアノ購入のアドバイス、ピアノ・レンタルなど、ベーゼンドルファーに限らず、メーカーを問わず幅広いサービスを提供しています。官公庁がひしめく霞ヶ関のすぐ近く、虎の門にショップとスタジオがあり、一見するとちょっと敷居が高いイメージがあるのですが、中に入ると店員さんが満面の笑みで迎えてくれ、懇切丁寧な対応をしてくれるとてもフレンドリーなお店です。ピアノついての質問も分かり易い言葉で説明してくれるので、私もとても勉強になります。やはり、ピアノを知り尽くした技術者の知識は深く、ピアノを録音するにあたってとても参考になります。

B-tech Japan Tokyo

2.ピアノという巨大な楽器をいかにとらえるか

録音機材を持ってスタジオへ入ると、置いてあったのはModel 290 Imperialでした。エクステンドベースを備えたBösendorferの最大モデル。奥行290㎝のサイズはやはり間近で見ると迫力があります。スタインウェイ D-274が274㎝ですので、それよりも26cmほど大きい計算になります。

ピアノの録音は、ダイナミックレンジと音域の広さ故、楽器の中でも一番難しいとされていますが、物理的なサイズの大きさもこれに加えられます。つまり、ピアノを構成する部分によって響きが違うという事とマイクが収音するカバー範囲の問題です。ピアノの響きの複雑さについては、「まず、ピアノの響きを理解しよう -成功するピアノの録音①-」で説明していますので、ご参考にしてください。

2-2.音域を分けて複数本のマイクを設置する

さて、ピアノの響きは場所によって質がかなり違うのですが、ここでは、マイクのカバー範囲と設置するマイクの本数の関係に絞って考えたいと思います。理解しやすいのは、高域から低域までカバーできるように複数本のマイクを設置するという方法でしょう。高音域用と低音域用、必要に応じて中音域用と複数のマイクでピアノ全体の音域をとらえるという発想です。この発想に基づくセッティングでは、かなりマイクをピアノに近づけることが可能となります。例えば、高音域用のマイクを近接に設置した場合、このマイクは高域に偏った音になりますが、これと同様に低域用のマイクを近接にした音は低域に偏った音で収音されていますから、2つのマイクの出力をミックスして全体音域を再現することができます。マイクを近接にして生々しいピアノの音を得たい場合など、音域を分割して複数のマイクをセッティングする方法は有効な方法となります。

2-3.オフ・マイクでピアノ全体の響きをとらえる

2-2で説明した近接マイク複数による収音は、いわば発音元としてのピアノの音を全体音域に渡って収音しようという発想に基づくものでしたが、客席でピアノを聞くがごとく、マイクを遠く離してピアノ全体の響きをとらえる考え方もあります。通常は2本のステレオペアで、ピアノの響き全体と部屋の響きをとらえます。使用マイクは複数となりますが、2-2.が一本のマイクで全体音域をカバーできないため複数使用するという発想だったのに対し、こちらはステレオ・イメージを再現するというところが狙いとなります。つまり、複数使用の目的が違ってきます。この方法は、自然なピアノの音を再現しやすい一方、音が遠くなりがちとなりますので、ピアノとマイクの距離をどの程度にするかというところが難しくなってきます。ピアノ本体のみならず、部屋の響きも考慮する必要が出てきます。

2-4.オン・マイクとオフ・マイクを組み合わせる

近接マイクとオフ・マイクの意味合いを説明しましたが、実際のレコーディングでは、この2つの組み合わせで行われることが多いです。全体音域をカバーした生々しいピアノの音を得つつも、ピアノ全体の響きと部屋の響きを再現しようという発想です。また、この中間的なセッティング、つまり、ステレオペアのマイクをある程度距離を置いて設置し、ステレオ・イメージを得つつ、高音域と低音域を各々重点的に狙うという方法もあります。

少し乱暴な物言いをすれば、結局のところ、オンマイクとオフ・マイクという境界も明確な基準はないので、レコーディングエンジニアがどのような効果を狙うかによって、マイクセッティングの方法は無限の組み合わせが存在するということになります。

3.複数の近接マイクを用いる場合の問題点

3-1.位相の乱れ・音の干渉

マイクのカバー範囲とピアノの物理的なサイズの関係により、全体音域をとらえるため複数のマイクを用いる方法を2-2.で説明しましたが、複数のマイクを用いる場合、弊害が発生することに注意が必要です。高音域と低音域を分割して考えると説明しましたが、実際には、スピーカーのネットワークで高域低域をバッサリと分割するような訳にいかないことは容易に想像がつくと思います。高域用、低域用というのはあくまでも音の成分の密度差に傾斜をつけるということであって、複数マイク間は音域が浸透しあっている状態となっています。浸透しているものをミックスすると、位相が乱れマイク間の距離に応じた特定の周波数で干渉が生じます。例えば単純化して考えると、音の速度は340m/sですから、マイク間の距離が0.5mだとしたら、680Hzの音に影響が出る計算になります。実際にはこんなに単純ではなく、ピアノは基音だけでなく倍音がたっぷり乗った複雑な波形が動的に変化している状態なので、基音のみならず、倍音成分も影響を受けて音を変質させることは避けられません。マイクの本数が増えれば増えるほど、この現象は大きく出てきますので、無暗にマイクの本数を増やすのは賢明ではないと言えます。位相が乱れたり干渉しているような音は、聴感上では微妙にコーラスがかかったような鈍った音として聴くことが出来ますので、そのような音が極端に聞こえてきたら、マイク間の距離を調整して許容できる音質に追い込むことをお勧めします。ちなみにXY方式であれば、マイク間の距離の影響を最小限にすることができるので、好んで使う方も多いと思います。しかしながら、究極的に言えば、複数マイクを使用する限りこの弊害は避けることができません。複数マイクを使用するメリットを考えれば、この弊害に留意して楽曲として成立するよう音質を調整するのはレコーディングエンジニアの技術と経験であろうと思います。

3-2.複数マイクの出力定位はどうするか?

ワンポイント録音の意味合いで立てるオフ・マイクの定位は左右に音を振ればいいので悩みはないと思いますが、複数のオン・マイクの定位をどうするかというのは結構微妙な問題だと思っています。ピアノは左右に音域が割り振られた構造なのだから単純に左右にパンすればいいと考える人もいれば、いや、蓋を開けたピアノに頭を突っ込んで聞いたようなステレオ・イメージは許せないという人もいます。私は、そもそも、近接マイクを複数用いる目的が、2-2.で説明した音域カバーということであるならば、ステレオ・イメージを得るということとは別で考えるべきと思います。2-4.で述べた、音域カバーとステレオ・イメージの中間的な位置づけでマイクセッティングを行うのはスマートな方法の一つだと思います。

3-3.ピアノのステレオ・イメージとは!?

あくまでも自然なピアノを録音するということであれば、私は先に述べた立場を取っていますが、録音というのは詰まるところイリュージョンであって、肝心なのは心地よく心に響くことだと考えるならば、何でもありですね。仮にピアノに頭を突っ込んだような音像であっても、それが体験したことのないような経験をもたらすのであれば、それは良い録音だと言える。このあたりは、どのような音楽を創りたいのかという制作者の考えや価値観にもよることだろうと思います。しかしながら、改めて、ピアノのステレオ・イメージとは何か?ということを考えさせられます。そもそもステレオのピアノなどというものは存在しない。しかしながら、近接マイクを複数設置して左右に音を振って録音するのが一般的となっている。巨大な楽器故、複数のマイクを使用するという事とステレオ・イメージの再現が微妙に浸透しているような感じがしてなりません。

ワンポイント録音で臨場感も生々しさも収音できるのであれば、それが一番なのかなぁと思う次第。そう考えると、人間の耳(音の認識能力)というのは凄いですね。

4.サンプル音源

オン・マイクとオフ・マイクについて書いたので、今回録音した音源をサンプルで公開します。

全て、Non Effect、Non EQでマイク出力をそのまま収録してあります。

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