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  • Takahiro Sakai

自宅での録音は割り切りが大切 -成功するピアノの録音③-

最終更新: 4月19日


ー固定観念を捨て、大胆に割り切るー

前回は、ピアノ録音の2大重要ポイント、録音レベルの設定とマイクセッティングについて説明しました。今回は、ホールやピアノ・スタジオといった音響的に恵まれた環境ではなく、自宅や練習室など、ピアノを録音するには厳しい環境で録音するコツとポイントについて説明していきます。自分でピアノを録音しようとした場合、このケースが多く、また、一番苦労されているものと思います。

自宅などでピアノを録音する場合、まず、誤解を恐れず申し上げたいことは、「決して、“より良い” 音で録音しようと ”思わない”」と割り切ることです。どういう意味かというと、そもそも、ピアノというのは、コンサート・ホールなど、広い会場の遠くの観客まで音が届くように設計されている楽器です。ですので、狭い部屋の場合、ピアノが響くための空間と空気の量が“圧倒的”に不足している状態になります。例えて言えば、広いサーキットでその性能を余すところなく発揮するレーシングカーが、狭い駐車場でエンジンをふかしているような状態とでも言えばいいでしょうか。こうした状態なので、自宅でのピアノ録音はとても難しいものになります。つまり、あり余ったピアノのパワーを制御し、いかにピアノらしい音に録音するかという課題です。

そのためには、“良い音で録る” というスタンスではなく、“いかに目的に沿ったピアノらしい音” に録音してあげるか、という違う思考回路で取り組む方がよい結果を得られると思います。皆さんの中には、CDなどの理想的なピアノの音のイメージがあって、これに近づけようと努力されているかも知れません。しかし、それはまず無理と割り切りましょう。そのかわり、そうした理想のピアノの音を ”想起させる“ 良い録音にすることは可能です。以下、ポイントをご説明していきます。

1. 部屋の状態を改善しよう

ピアノにマイクをセッティングする前に、まず取組むことは部屋の改善です。 ピアノそれ自体のパワーに手を加えることは事実上無理なため、部屋の音響を可能な限り改善します。皆さんの中には、近隣への配慮から、ピアノを置いてある部屋を防音にしてある方もいらっしゃるかも知れません。しかし、ここで説明していくのは、音を漏らさないという目的の防音とは違い、ピアノの響きを音響的に制御して録音しやすい部屋に改善することを指します。

1-1.フラッターエコー(鳴竜)を抑え込む

コンクリートなど硬い壁で周囲を囲まれた場所で手をたたくと、ビーンと、音が2重、3重に反射して聞こえることがあると思います。これをフラッターエコーと言います。身近な場所では風呂場や狭い会議室などで、この現象を体験することができます。フラッターエコーが生じてしまう部屋では、独特の癖が付与されてしまい、音の濁りや音色の変化が生じてしまいます。これを避けるためには、まず、平行した面を出来るだけなくす、次に、吸音性のあるもので壁と床を覆うという方法があります。平行面を無くすといっても、既に出来上がった部屋を造り直すわけにも行きませんから、対処方法として、家具を少し斜めに設置したり、家具がない場合は、そこに家具を置いたり、装飾品を置いたりして、壁面間の距離がなるべく広い面積で等しくならないようにします。あまりにフラッターエコーが酷い場合は、オーディオのリスニングルーム改善のためのディフューザーの類を導入することも検討してもいいと思います(値が張りますが)。吸音性のあるもので壁と床を覆う方法は、手っ取り早くは、厚手のカーテンや毛布で壁を覆ったり、毛足の長い絨毯を床に敷く方法があり、こうすることでフラッターエコーの改善ができます。

1-2.ブーミング・部屋の定在波を避ける

ブーミングとは、小空間での部屋の共鳴により低音域の音が強調され、不快な響きを持ってしまう現象です。ブーミングが発生すると、ピアノが発した原音が不自然に響き録音に悪影響を及ぼします。ブーミングの原因を理解するには物理の知識が必要なのですが、単純化して説明すると、部屋の寸法比が関係してきます。中学の物理で習った定在波という言葉を思い出してみてください。ピンと張った弦をはじくと、その長さに応じた波が発生し、弦の長さを半波長とする周波数と整数倍の周波数で定在波が生じます。定在波は腹と節を持ちますので、室内の場所によって聴こえの大きさにムラが生じてしまいます。場所によって低音がこもるとか、音の聞こえが違うといったことを経験した方もいらっしゃると思います。

この現象は、部屋の設計それ自体を見直さない限り撃退することは無理なのですが、部屋の場所によって音の聞こえにムラがある場合は、その場所を特定しておくとマイクの位置を決める際、役に立ちます。誰かにピアノの低音のどれか一つを弾いてもらい、部屋の中を歩き回ってみて、音の聞こえを確認してみてください。もし、場所によって聞こえ方が極端に大きく聞こえたり、逆に痩せて聞こえていたりした場合、定在波が発生していて、波の腹もしくは節となっている可能性があります。その場所にオフマイクなどを設置するのは得策ではありませんので、場所を覚えておいて、避ける工夫をするといいと思います。

1-3.ピアノの低音は難物

前項のブーミングと定在波にも関係してくるのですが、ピアノの低音のパワーは強力です。録音する際にはこれをいかに上手く処理するかで、録音の出来が違ってきます。録音した音が曇って聞こえたり、何かモコモコ聞こえる場合は低音が過多になっている場合が多いと思います。曇って聞こえるため、マイクを弦に近づけると、今度はあまりにも弦の生々しい音しか録れず、どうしたらよいか迷ってしまうことがあるかも知れません。

これを改善するために、まずピアノの屋根(蓋)を閉めてしまう、もしくは、僅かに隙間を設ける程度に蓋を固定して、その隙間をマイクで狙ってみると上手く録れる場合があります。屋根(蓋)を全開にすると、ピアノを打鍵した音のパワーが部屋中に回って、ブーミングの原因になる場合があります。また、もし、お手持ちのマイクや録音機器に低域を切るフィルターがあるようでしたら、思い切って100Hz近辺からカットしてしまうのも手です。ピアノらしい音を損ねない程度のローカットは有効だと思います。

それから、小空間に設置されたピアノの場合、ピアノ本体と床の間の空間は低音がこもっていますので、このことも覚えておくとよいと思います。これを根本的に減じる方法は残念ながらありません。吸音のために毛布を丸めて置いても気休め程度にしかならず、波長が長い低音はすり抜けてしまいます。むしろ拡散する硬いモノを置いてみる方が効果があるかも知れません。

以上、部屋の音響改善に参考になるポイントをご説明しました。これを施すことによって、かなり録音する苦労が減ると思います。

2.自宅でのピアノ録音で試すべきマイクセッティング

前回では、マイクセッティングの違いによるピアノの音の変化について体感していただきましたが、自宅での録音の場合、いかにピアノらしい “おいしい音“に焦点を当てて収音するかというスタンスで望む方が良い結果を得られると思います。ここでは、試すべきいくつかのマイクセッティングのパターンについてご説明します。はじめの3つのパターンはグランドピアノを、その後、アップライト・ピアノの録音方法についてご説明します。

2-1.プレイヤーズ・ポジションから試してみる

まずお勧めするのは、ピアノ演奏者が普段聴いている音が聞こえる場所にマイクを設置して録音する方法です。いわゆる「プレイヤーズ・ポジション」というものです。具体的には、演奏者の背後の頭部上あたりから鍵盤方向にマイクを向けて録音します。この設定は、演奏者が聞いているピアノの音に近いため違和感が少ないと思います。アタックが欲しい場合はマイクをハンマーのあたりを狙うよう角度をつけて調整します。角度を鈍角(床と並行になる方向)にするにつれ、ピアノ全体の響きが増してくるので、好みの角度になるよう試してみてください。必ずしも、ステレオペアである必要はありませんが、低域から高域のバランスが気になるようでしたら、各々のマイクを低音部、高音部に振り分けます。その際、低音用のマイクは角度を浅くしてピアノ全体の響きを狙う、また、高域は角度をつけてアタックが効いた音を狙うといったバリエーションも作れます。ステレオイメージという概念である必要はなく、低域から高域までカバーできるセッティングの方が現実的だと思います。

2-2.ピアノの屋根(蓋)の隙間から狙う

自宅で録音する場合、このパターンも試す価値があります。 先に説明した通り、ピアノの蓋を全開にした場合、部屋が音で飽和状態になってしまう場合はとくに有効な方法です。具体的には突上棒(小)で蓋を開け、ピアノの枠と蓋の間にできた空間にマイクを向けて録音します。アタックが欲しい場合は、マイクを奥まで突っ込んで音の感じを確認しながら位置を決めます。低音がこもって聞こえるようでしたら、位置を高音部方向にズラすと良いかも知れません。この場合もステレオペアである必要はありませんが、2本のマイクをお持ちであれば、1本はオンマイク、2本目は距離を離してオフマイクにすると音のバリエーションが作れます。オフマイクは蓋の隙間に設置したマイクとは切り離して考え、出来るだけ離してピアノ全体を狙っても面白いと思います。

2-3.ピアノの屋根(蓋)を開けても音が飽和しない部屋の場合

もし、ピアノの蓋を開けても部屋の音響に悪影響がでないようでしたら、前回映像でご紹介した、マイクセッティングのバリエーションを試すことができます。その際、部屋全体に回る間接音に注意して録音することが大切です。小さい空間の場合、残響というものは望めませんから、直接音に影響するような距離にマイクを設置するのは逆効果になってしまうことがあります。ハンマーの上部あたりを真上から狙うのが比較的に良好な結果となる場合が多いと思います。もし距離が取れるようでしたら、オフマイクを控えめな録音レベルで設定し、よい感じになるようミックスしてみるのもよいと思います。

3.アップライト・ピアノの録音方法

アップライト・ピアノを録音する方法は、上蓋を開け、マイクを上部から狙うのが定石ですが、アタックが欲しい場合は、ピアノの中にマイクを突っ込むようにして調整します。アクションが動く音を拾いがちになるので、マイクの突っ込み具合を変えて録音した音を確認しながら位置を決めます。この場合も、やはり低音が過多になり易いので、マイクの距離と向ける方向を変えながら、音がこもらないポイントを探します。

もうひとつ、試す価値がある方法は、ちょっと手間になりますが、アップライト・ピアノのアクションがむき出しに見えるよう、外装部分を外してしまう方法です。調律をする際、調律師さんが外装を外しているのを見たことがあるかも知れませんが、あのように外してしまいます。マイクは演奏者側からハンマーが打弦するあたりを狙います。高音部、低音部と2本のマイクで狙うと音のバランスがとりやすでしょう。また、プレイヤーズ・ポジション(演奏者の背後、後頭部の上あたり)にマイクを設置してもよいと思います。外装部を外してしまう方法は、アップライト独特の奥に詰まった感じから劇的に音が開放的になり、低音のこもりも軽減された音で録音することができますので、お勧めの方法です。外装部を自分で外すのが不安な場合は、録音する前に調律をお願いし、調律師さんの手を借りてしまうのも手だと思います。録音の前に調律もできて一石二鳥です。

4.まとめ

以上、自宅などの小さい空間でピアノを録音するポイントをご説明しました。冒頭に述べたように、良い音を録ろうという意識で取組むより、自然な響きを阻害している要素を特定して、それを取り除いていく、引き算の発想を持つ方がよい結果になると思います。その際、ここで記した内容を参考にしていただければ幸いです。部屋の音響を改善するのは限界もありますが、固定観念を捨てて、出来ることは全て試してみるといった気持ちでチャレンジしてみてください。


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